2006年07月24日

フアナ・モリーナ〜表現の力学

 先週は珍しくライブを観に行った。恵比寿のリキッド・ルームに高橋幸宏ユニットと、レイ・ハラカミ、そしてアルゼンチンから来た歌姫と呼ばれるフアナ・モリーナが出演したのだ。これは見に行かなきゃね。

 ユキヒロは「スケッチ・ショー」を卒業し、ソロを作った最近ではライブ活動が活発だ。ぼくが「東京シャイネス」でフォーキー路線に没頭する間、ユキヒロはスケッチ・ショーを基によりポップな展開を見せてくれている。今回のライブは本人曰く、「東京シャイネス」から引っこ抜いた?高田漣と高野寛と組み、いつもの権藤君を据えて落ち着いたステージを聞かせてくれた。中でもYMOからの「CUE」は今までにない静けさを感じる素晴らしいアレンジだった。そんなユキヒロの音楽にはますますイノセントな響きが感じられる。あれ?こんな身内への感想を書くなんて初めてだ。

 フアナ・モリーナには迂闊にも圧倒された。大人になるとそういうことは滅多にあるものではないので、油断していた。彼女のCDを聞くだけは感じられない「凄さ」を見て、ショックを受けてしまった。モリーナはたった一人でアンサンブルの技を見せた。歌の良さもさることながら、生ギターの腕も完璧で、それを瞬間サンプリングし、ループにしてダビングしていく。誰でもやりそうで実はやってないことだが、さらにその見せ方がマジシャンの域に達しているのは例を見ない。ローリー・アンダーソンにも言えることだが、表現を完成させようとする西欧人の根性には、並ではない力を感じる。大概の邦人パフォーマーは「どう見られたいか・・」という姿勢だが、この女性は「どう見せたいか」ということを基本に、音楽とその表現に研鑽を重ねて来たと想像できる。演奏終了後、思わずモリーナに「真の芸術家ですね」と言ってしまった。日本には語尾の上がるアーチスト(?)はいるが、このような真のアーティストには触れないようにしなければならない。何故ならその熱に溶かされてしまうからだ。かくいうぼく自身、間近に迫る「フジロック」のライブを辞めてTVでも見てようか、という思いが一瞬心を過ってしまった。いやはや、女性の強さと美しさを改めて感じた一日の話。
posted by admin at 07:14 | quiet voice 2006