2006年07月31日

フジロック出演の感想

 7月28日に出演したフジロックの感想をひとつ・・。で、結局は懸念していた大雨も降らずに、適度な天候で演奏ができたことは幸いだった。しかも浜口茂外也(Drs,Perc)、徳武弘文(Guit.)、コシミハル(Acc.Pf)、伊賀航(A.Bass)という歴戦錬磨であるメンバーの演奏は、過酷な環境の中でも高レベルであった。とはいえ自分自身の出来は63点。自分の高校の時の平均点と同じで落第スレスレだ。前半のミスでマイナス20点、MCでマイナス13点・・というところか。じゃあ弁解を始めるとしよう。それができるのが自分のページの良い点だ。

 まず「山」の環境だったこと。苗場という大自然の中でついぼくは副交感神経が活発になり、舞台という各闘技場へ出るアドレナリンが不足してしまったのだ。それは去年以来連続した仕事の区切りがこのフジロックであり、電車に乗って山国に来れば「越後湯沢」「苗場」などというお休み気分のキーワードに触れ、更に良い空気に駅弁に山の景色とくれば、自動的に身体は「ワーイ、とうとう休みなんだねえ!」と勘違いしてしまう。だからステージでボーッとしてしまった。

 その上、新曲が多かった。これまで続けてきた「東京シャイネス」は6月の福岡公演で一段落し、狭山以来の「Hosono House」路線は一応「メデタシメデタシ」ということで完了したわけだが、このフジロックは次のソロの前でもあり、「どっちに行くんだ?」という時期でもあった。出演が決まった時に、咄嗟に付けたユニット名は「Harry Hosono Quintet」で、その響きからすれば自ずと内容が見えてくる。そこでずっと気になっていたスタンダードの名曲「Pennies From Heaven」やギターの徳武君によるレス・ポールへのオマージュ「Caravan」だったり、今までのフォーキーなものとは異なるレパートリーとなった。

 「Pennies From Heaven」は邦訳して歌うことにしたが、歌詞を覚えない怠け者に罰が当たることになる。歌詞の置いてある譜面台がやけに下の方にあるので、目の悪いぼくには読みにくい。この手の野外フェスでは事前にステージで音をチェックせず、いきなり演奏するのが常だが、特に今回は冒頭にダンスもどきで出て行くことにしていたので、一番肝心な「モニター」の調整もせずに、いきなり歌い出した。こうした場合、狭山の時もそうだったが、大抵なんとかなるものだ。しかしこの時は譜面台が低かったのは予想外であり、何かとてもやりにくさを感じたものの、そういう事態を把握するには時間がかかった。3日しかない練習では、そういう偶発的なイジワルには対処できない。身体は休んでいるし、頭は混乱するし、隣でぼくを観察していたコシミハルは、「アラアラ、顔が・・あらぬ世界へ旅立っているのね・・」と思ったそうだ。譜面台を読める位置に戻すことが必要だと気付いたのは、一曲目を歌い終わってからだった。

 自分の奏くギターの音量と音質が微妙で、隣のフィールドから聞こえてくるバンドの音に惑わされたのもマイナスの要因であった。思えばコンサートで自分たちの演奏に他者の演奏が被るということは、バリのガムラン合戦以外あり得ない。だがここではそれが前提となっていて、予め了解していたことだったとはいえ、いざその雑然とした音環境で演奏すると、かなり気になる。当然だな。デパートで買い物してんじゃないんだから。しかもオイラ達はロックフェスなのにロックをやらないバンドだった。ブギウギをやっただろうって?ブギウギはロックじゃない。ロックの祖先で、しかも実は繊細なんだ。

 そんな気持ちはMCに素直過ぎるほど出てしまった。これは単純にお客さんに対して失礼千万だった。入り口からこの奥まったステージまで、延々と歩いて見に来てくれたのだ。そういう穢れのないピュアな2千人もの観客に向かって曰く、「早く終わって早く帰ろう・・」と二度も言う出演者は、ぼく以外だと往年の・・その名を失念したが「もう帰ろうよ」で有名だった夫婦漫才しかいない。

 さて後半はブギでやっと調子を取り戻し、気分は持ち直したのだが、前半のミスやMCのマイナスが気持ちにダメージを与え、ステージを終えると「もうダメダ・・」などとかなり落ち込んでしまった。もう二度と野外には出ない・・。お天気ノイローゼにはもうなりたくない・・と。しかし周囲の人たちは心優しく慰めてくれた。見た人たちも心優しかった。「ま、お爺ちゃんだから・・」ということなのだろうが、それはそれで年を取る甲斐もあるものだ。

 今一つ慰められたことがあった。演奏後に高野寛君(他のステージに出ていた)がバックステージに来てくれて、最後の曲〜確か「ろっかばい・まい・べいびい」の時に舞台の上を大きな鳥が旋回していて神々しかった、と報告するのだ。蝙蝠かもしれないがそれならば大きくはない。夜に飛ぶ鳥はフクロウなのか・・「あ、タヌキが歌ってらあ、狙っちゃうぞ・・」ということなのかも。はたまた何ものかが御座したのかもしれない。そこで思い出せば昨年、笛の「雲龍」と京都の清水寺で奉納演奏した時には、「人面リス」が聞きに来たこともあったのだ。

 矢野顕子とのデュエットはそうあるものではないが、今回はその珍しい顔合わせが偶然起きた。「終りの季節」で登場してくれて、そのまま「相合傘」を歌ってくれた。ぼくは練習なぞしてないベースで歌うものだから、キーさえ知らずにメチャクチャだったが、アッコちゃんのおかげでいい雰囲気で出来たし、ステージを去る時に手をつないだのも初めてだった。そして例の高野君がさらに付け加えてて言う。「『相合傘』の時だけ雨がザーっと降ったんです!」とね。野外っていいことも起こるんだな。これだからまたきっと出ちゃうんだろう。

 追伸:この Harry Hosono Quintet、今後も数回ステージで場数を踏めば凄いバンドになるという予感を持った次第だ。「東京シャイネス」も4度目で感動的な「息」に達したこともあり、一度きりでは終わらないことは承知の上だ。メンバーともそう話したことをここに報告しておこう。実は今後がとても楽しみなんである。
posted by admin at 05:31 | quiet voice 2006