2006年08月14日

HOSONO THEATER (2)

前置き〜

 子供のころの話だ。夏休みも佳境の8月になると暑さもひとしおで、外で遊んでいると日射病になるというので、炎天下を避けて昼寝をさせられるのが日課だった。そういう暑い日の午後には大抵夕立が降り、涼風と雨音の快感で目を覚ます。起きれば西瓜が準備されていて、夕立を見ながら縁側でかぶりつく。その夜には涼しい風が吹いたものだ。そういう夏はいくら暑くても、捨てたものじゃなかったのだが、今の東京は大気の循環が不自然なせいか風情もなく、どこか凶暴性さえ感じる。先日も「激雷」という珍しい言葉が飛び出す程の、大層な雷雨だった。前日に「洗車」したのが祟ったのか・・。でも車を洗うと雨が降るのは仕方がない。天地の汚れが溜まるころ、ぼくは車を洗い、天は雨を降らすのだ。

 さて。先の6月24日から1週間かけて、渋谷のユーロスペースに於て、ぼくが音楽で参加した映画を特集する一週間があった。題して「細野劇場」。随分時間が経過したが、今回はその補完の続きを・・。

 1985〜87年は映画音楽の仕事が続いた。そのままいけばぼくは多分映画音楽作家になっていたかもしれない。だがこの頃、ぼくの父(日出臣)が脳梗塞で倒れ、人生の岐路に立たされることになり、精神状態は不安定だった。それは仕事にも影響していたが、そこに名匠・吉田喜重監督の新作に音楽をつけるというスゴイ依頼が舞い込んできたのだ。それが「人間の約束」(1986)だった。

 ところがこの映画、内容が自分自身の最悪の状況を絵に描いたような作品だった。神様のイジワル!主演の三國連太郎は父に通じる風貌(〜だが雲泥の差)があり、どうしても重なってしまう。老人の苦悶というシリアスな設定は、その時のぼくには受け入れ難い現実だった。父は倒れて以来、呂律が回らない程度で済んでいたが、本人はその状況が我慢できないせいか病室でいつも苛立っていた。息子と父というものはなかなかコミュニケーションが難しい。特にぼくは幼少時、仕事上で父不在の時期を数年過ごしていたので、帰ってきた父に馴染めないままのギクシャクとした親子だった。だがその父の衰弱した姿を見た時、このままでいいのだろうかと考え込んでいた矢先の仕事だった。映画は赤を抜いたブルー系のカラーという工夫が施され、とても美しい映像だ。が、当時のぼくにはその暗さは自分の心そのものだった。そこでぼくは珍しく感情的な仕事にはまってしまったのだ。あろうことか巨匠に「この映画には音楽はいりません・・」などとホザいたのだった。とはいえこの映画には音楽を最小限にすべき重みがあったことは事実だ。
 そしてそれは間違ってはいなかったと思う。特に老夫婦がお遍路さんに行くシーンに、救われる気持ちでつけた音楽は今でも大事なものだ。だが当時は完成した映画を客観的に見る余裕がないまま、父はその後まもなく死去した。そういうことから、その頃はネガティブな発言が多かったと思う。無礼な発言をしていた記憶は後悔でしかない。お許しください。

 こうした時期を過ぎ、徐々に安定してきた頃に、「ガイラ」と呼ばれていた映像作家から音楽の依頼があった。小水一男監督の「ほしをつぐもの」(1990)である。小水監督は日活ロマンポルノの代表作家の一人だったが、この北野武の企画による作品で「一般映画」(?)デビューとなる。ぼくはそれ以前に、同名のSF小説〜「星を継ぐもの」(ジェイムズ・P・ホーガン著)を読んでいたので、翻訳物かと思ったが、全くのオリジナル作品であった。とてもいいタイトルなので、使いたくなるのはよくわかる。しかも内容は戦時中の過酷な子供達を助ける猟師なのか精霊なのか・・というような、日本映画には珍しいアミニズムの香りがするものだったので、「パラダイスビュー」と共に印象に残る映画だ。

 ここで作曲した冒頭近くに出てくるメロディーのモチーフには不思議な因縁がある。話は少し長くなるが、同年の4月に全米で放映されたデヴィッド・リンチ(David Lynch)のTVシリーズ、「ツイン・ピークス」(Twin Peaks)が日本でも1991年から放映され、ビデオも順次発売されてその迷宮物語に没頭した人も多かった。最初のパイロット版LDを何気なく買って以来、その静謐な映像とアンジェロ・バダラメンティ(Angelo Badalamenti)の音楽に取りつかれていたぼくも、多くのファンと同様に一年後の唐突な終了に煮えきらぬ思いをしていたのだ。その穴を埋めるかのように登場したのが同じTVシリーズの「X-FILES」(1993)である。当初はこの映画にはさして興味を持たなかったのだが、「ミソロジー」(Mythology)という連続する陰謀物語を見るにつけ、その面白さに没頭してしまい、おかげでやっとツイン・ピークス病から立ち直ることができたものだ。そして問題はそのテーマ音楽だった。

 このマーク・スノー(Mark Snow)によるテーマ音楽こそ、例の「ほしをつぐもの」に書いたぼくのモチーフと同じだったのだ! このような偶然は今までにもあったことなので驚くことでもないが、それにしても同じすぎる。殊に「X-FILES」は好きなシリーズなので、毎回見るたびに気になって仕方がなかった。はっきりさせるべきは「どっちが先か?」ということだ。何故なら「サル真似上手な日本人」と言われないための証は、それしかないからである。そして明らかに「ほしをつぐもの」が先なのである。それは1990年に完成したが、一方の「X-FILES」の初放送は1993年9月10日である。とはいえ「ほしをつぐもの」のサントラも発売されず、、お互いに面識も何もないので影響ということは考えられない。故にここでも神様のいたずらと思えるような偶然が働いている、としか言い様がない。

 さて、今回も長くなってしまったので、この続きはまた!

「HOSONO THEATER(1)」 を見る
posted by admin at 09:26 | quiet voice 2006