2006年12月10日

あれこれ・・

最近はスタジオに篭りがちで、この欄もお休みがちです。
音楽脳を使い始めると言葉がおろそかになりがちで、
つまるところ、歳も押し迫ってきたことだし、
寒くなったせいもあるのでガチガチです。
そんなこんなで一行情報のような所感を書きます。

アマゾネス
 「そういうのも聞くんですか?」と言われそうだが、
 ファーギーグウェン・ステファニーのシングル・カットは、
 どれもお色気攻撃とマーチ風アレンジが戦闘的だ。
 「ドラム・ライン」以来の流行だということらしい。
 カッコ良いけど幸せそうじゃない、と友人が言った。
 そういえば幸せは何処に行っちゃったの?

近未来
 公開中の映画、
「トゥモロウ・ワールド」
を見た。
 傑作だった「ブレード・ランナー」以来、
 ダメな近未来ものは作られ過ぎてきたが、
 この映画はそういうものとは違った。
 何が違うかといえば、 2027年という近未来が現実そのものだからだ。
 空飛ぶ車も飛んでないし、ロンドンの風景は今と何も変わらない。
 変わったのは少子化という状況の悪化である。
 2009年に世界から子供が消えたのだ。
 原因不明の不妊が人類を絶望に陥れてしまったという設定だ。
 悪化の一途を辿る環境ではありそうな話なので、
 やけに重量感のある映画だった。

水には流せない
 かつてはどんなことも水に流せばそれで綺麗さっぱりしたものだった。
 ギリシャ映画の「日曜はだめよ」に出てくるメルナ・メルクーリは、
 何か問題が高じると「みんなで海にいけば解決よ」
 というようなことを言うのが印象的だった。
 それだけ海は包容力も浄化力もある生命の母だが、
 その海も大変なことになってきている。
 今は何も水に流せない、という時代になったのだ。
 自然の浄化力を越えた汚染が進んだからだ。
 水道には油をはじめどんな有機物も流してはいけない。
 風呂でも髪の毛一本流したくない。
 心のどこかでそう思う自然の声がある。
 だからゴミは外に出せず、自分の中に溜まっていく一方だ。

清水宏
 やる気マンマン男、清水宏のワンマン・ライブを観に行った。
 安田生命ホール客席の妙な所にある柱が気になるということで、
 みんなでそれをウェーヴで運んだのだが、そんなこと説明できない。
 とにかく観なければその面白さが分からない。
 観るには劇場などへ足を運ばなければならない。
 TVでつぶれて行く芸の世界で、そういうことは増えているに違いない。
 次回公演は3月だということで、また観に行くだろう。
 笑いでドーパミンが分泌されるからクセになるのだ。

以上、またそのうち。
posted by admin at 00:16 | quiet voice 2006