2007年02月22日

裏・デイジーホリデー

さて、久しくサボっていたこの欄ですが、春節も明けたことだし、また書き続けようかな。今回は普段全て言えないラジオ番組の補足です。次回2/25の「デイジー・ホリデー」では、かなりくだらない話をボクがしてるので、あらかじめその真意を・・。あることないこと、ダラダラと書き連ねますが、半信半疑でお読みください。(以下、冗長になるので「ですます」調ヤメ!)

なんと愚かな・・と思う人もいるだろうと思いつつ話した内容は、やれリア・ディゾンがパリス・ヒルトンとシャラポワに似ていて、もう一味、かつての飯島愛を付け加えたい・・というようなどうでもいいこと。が、しかし、忠臣蔵の大石内蔵助も敵に悟られまいと愚かさを演じ、日々遊び呆けていたのだ。これぞヤキ・インディアンの戦士に伝わるところの、「管理された愚かさ」である。

どういうことか?

この世に本当の悪=evilはいるかと問われれば、呪術師や戦士なら、「悪は確実に存在する」と言う。現代人はそこらへんが曖昧で、悪魔なんかはかなり抽象的な宗教概念として考えがちだが、古代の知恵を伝える呪術師はそのことを警告する。悪はそこかしこに存在する、と。

じゃあ、それに対処するには?その方法のひとつが「管理された愚かさ」という術なのだ。敵意を持たず、何も考えず、ニコニコと、マヌケを装い悪という敵に近づく方法。こういう接近方法などや何者かに成りきる方法を「忍び寄りの術」ともいう。(cf;「ドンファンの教え」二見書房 / 参考= http://eleutheria.com/vquest/vindex.html#no1)

近づいて何をするかといえば、善なる自然の叡知に祈りながら、トウモロコシなどのお供えを火にくべ、その灰を悪にくっつけるという段取りだ。このような素朴なやり方は普遍的なものであり、現代でも行われているゾンビの作り方(Zombification 参考= http://www.everything2.com/index.pl?node_id=935768) にも通じ、儀式的な段取りが重要なのである。

最近の凶悪な事件を見るにつけ、悪の波紋が広がっているんじゃないかと感じる人も多いだろう。その波紋に波長がシンクロしてしまうことを避けるため、あるいは何ものからも自由でいるために「管理された愚かさ」は有効かもしれないのだ。

X-Fileの製作者、クリス・カーターは1999〜2000年にかけて制作したTVシリーズ、「ミレニアム」(Millennium)で既に現代の悪の蔓延を警告していた。子供が悪知恵を駆使して大人を傷付けるというような、逆転した世界のことを・・。それに先立つTVのヒットシリーズ、デヴィッド・リンチの「トゥインピークス」(Twin Peaks)シリーズも、平凡な郊外の町に潜む悪の存在をテーマにしていた。悪は平凡な善人に憑依していくのだと・・。悪はコンビニエンス・ストアの二階に住む〜つまり現代の簡便さの中こそ、悪が住むには恰好の場所だと喝破している。都市の郊外は悪の好む場所で、一見何も起こらない普通の生活の中に蔓延するのだと。そういえば近ごろ、世界中の大都市は、その周辺の郊外が荒廃していると聞く。ミレニアムやトゥインピークスの後、映画の世界は猟奇的シリアル・キラーが横行し、最近ではSAUの3部作など、ただただ痛い映画に到る。この映画のように、今世紀になって以来映画は先取りではなくなり、単なる世相の後追いに陥ってきているように見える。しかも社会で起きる事件は、フィクションを無意味にするほど衝撃的だ。このあらゆる逆転状況の極限がいつか来るだろう。つまり陰極まって陽となすのは時間の問題かもしれない。

さて、ゴアさんの指摘するまでもなく、自然界が誰の目にもおかしく見えるようになった今、ニューエイジャーの間ではアセンション、あるいはアセッションという概念?が流行中のようだ。2012年以後にマヤの暦が途切れていることと、宇宙物理学的な現象である太陽系のフォトンベルト(Photonbelt)接近が奇妙な一致を見せていることから、20世紀の終末論に似た、しかしより現実的なサバイバル作戦のことだだとボクは解釈している。この紛らわしい二つの似た言葉は混乱を増幅しがちで、アセンション (ascension) とは上昇〜つまり人間存在の次元が上昇することを示し、アセッション (accession) とは到達、接近などの意味で、千年王国の到来というようなことに近いのかもしない。簡単にいえば、悔い改めが「篩分け」の明暗を決定するということなのか・・。これは昔からよくあったことで、ハレー彗星が訪れた19世紀ヨーロッパでも大騒動だったという。日本においてはかつて宗教界に留まらず社会的騒動に発展した「大本教」も、それから派生した「日月神事」もこの「篩分け」がテーマだった。『艮の金神が起きるぞよ・・国常立が世直しをするのだぞよ・・。』というような、教祖・出口ナオの「お筆さき」から始まったものだ。救済の流行というものは、いつも危機的状況の時に必ずスイッチが入る人間の原理ともいえるだろう。

最近、米国のTV映画シリーズに「4400」という不思議な話が出てきた。これはアセッションという救済がテーマに見えるのだが、この話しの続きはそのうちね。だってまだ物語が始まったばかりなんだから。では股。
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