2002年04月22日

2002.4.22

Daisy Holiday
 長い間続いたJ-Waveのプログラムも3月一杯で終了したと思ったら、4月になって間を開けずに今度は「デイジー・ホリデー」となって続くことになった。Inter FMの寛容な受け皿がなければ本当は終わっていたのだが、有ると無いとでは大違い。空気みたいなものだ。このような機会にメディアを持つことの有り難みと重みを今一度考えてみている。ちなみに4月一杯放送されているものをβversion としたのはコンピュータ・ソフトの慣例を見習い、5月からの正式版以前に未完成なものでも、即スタートさせる急務があったからである。

Wisdom
 ぼくはいままでラジオの中で自分の全てを投入してきた。それはもちろん音楽的な意味であり、音楽を通した世界観でもある。その点では、もうやるべきことはやってしまったという時期が来たとも思っていた。だから終わるのもひとつの区切りであり、大事なことでもある。

 3月の終わりも近い週にぼくは「終わる男」だと言った覚えがある。かつてやったどのバンドも潔く数年で終わっている。それは比喩ではなく燃焼そのもだった。物事は燃えつきるものだ。だがエネルギーは熱となり振動となって時間を越えて伝搬してゆく。終わりが始まりだという意味はそういうことだ。故に意図的に「終わらせる」ことは因果関係上問題を残す。何故なら物事の本質は変化であり、大げさに言えば死と再生だからだ。そのプロセスに人知が介入すれば、宇宙を動かす輪の法則に反してしまう。自然に身を任せることが肝要だ。終わって然るべきものを続けようとすればそれなりの代償がある。今の政治経済を軸とする世界を見ても、それは明白だ。続けようとする人間はまた終わらせようともする。その傲慢な意図を支配するのはMammon〜拝金の神だ。それは利害の思考法以外を麻痺させる。その魔力にかからない方法は、唯一自然を畏敬することだ。このことを自然主義とは言わない。イデオロギーではなく、より良く生きる智慧にすぎない。

Hubert Selby, Jr.
 最近知った輝かしい存在が有る。ヒューバート・セルビー・Jr.(Hubert Selby,Jr.)というアメリカの小説家である。「Requiem For A Dream」という作品がダーレン・アロノフスキー 監督で映画化され、そのDVDを見たのだ。映画は救われない中毒を扱った内容だったが、原作者自ら特典映像に出演し作品について語っているのを見て衝撃を受けたのだ。
現在人々は悲しみの事実を受け入れられず、自ら苦しみを生み出している。例えば心の痛みを伴うような出来事が起こった時に、その痛みの存在を受け入れれば苦しみはない。人生に起こる出来事に抵抗しようとすればするほど、苦しみは生まれるのだ。偉大なるアメリカン・ドリームもそれを避けてきた。(だからそんな夢は)いつか終わるだろう。」
「意識的に自分の存在を作品に残すまいと努めている。作家の仕事は自らが存在することじゃない。芸術家であるためにはエゴを消す必要があるのだ。自分を取り除くのだ。小説の人物と読者の間に自分を介在させることは許されてないのだ。小説と読者とは互いに(直接)関係を持つべきだ。故に本当に伝えたいと思えば感情に訴えねばならない。だがそこに知性(intelligence)はいらない。知識が知恵(wisdom)に変わることはないのだ。自分たちの魂を救えるのは知恵だよ! 私たちには知恵が必要なんだ・・・」
 今のアメリカでこんなことが言える人が他にいるだろうか。ぼくの心は動いた。

*Hubert Selby, Jr. 1928年生まれ。海軍時代に肺結核(TB)で生死の境を体験、その後ホームレスをやりつつ作家になる。「ブルックリン最終出口」(89年映画化)は世界で賛否の大反響。他の著作「ザ・ルーム」(71)「ザ・デーモン」(76/J.J.ベネックスが映画化権取得)。
*DVD 「Requiem For A Dream」ダーレン・アロノフスキー作品「π」の作者)(2001)。

James Lovelock
 以上、ラジオでは抑えている音楽以外の自分を表現してみたが、番組のオーラにはこのような自分の感情が入り込んでいたと信じている。3月まで続いたデイジーワールドでは、ジェームス・ラヴロック博士のメッセージに全てを託していた。博士は今から30年以上も前に地球の恒常性に着目し、海洋の塩分濃度や大気の組成の普遍性に対し、唯一回答できる仮説を提唱したのだ。それは地球がセルフ・トリートメントをしている生命に違いないという、ガイア仮説である。この仮説は当時から現在にいたるまで、芸術家や思想家に新しいヴィジョンを与え続けてきたが、一方では「目的論」にすぎないとアカデミズムから冷遇されてきたり、プラスチック・ニューエイジのアドヴァタイジングに消費されつくした感があるのも事実だ。ただしぼくの中の直感は常に地球を感じるべし、と言い続ける。概念ではなく体感、五官で感じる事以外、意味はないのだが。では今一度ここでその博士の悲痛なメッセージを掲げておこう。この会話は2年前に博士が来日した折り、プロデューサーの桜井さんがインタビューを行い、ラジオ用にコメントして頂いたものである。ちなみに番組名やレーベル名の「デイジーワールド」も博士の仮説の名前であり、レーベル発足時に博士に打診し、名前を使用する許可を受けていることもお知らせしておこう。
「デイジーワールド仮説を提唱したジェームス・ラヴロックです。ガイア、つまり地球に対して言うべきことは、私達人類の存在は最悪に向かっているということです。我々は多くの生き物が分かち合うべき、地球の幸せな道を邪魔している。そして様々な悪事を行って来た。しかし一方で私達は地球の美しさを認識し賛美する最初の生命体でもあります。そのことに於いてどうか、できれば私達の存続を許してください。」
posted by admin at 00:05 | quiet voice ~2005