2000年05月07日

歌詞問題について


『東京シャイネス・ボーイ』と『ルーチュー・ガンボ』
現在J-Waveの番組D.Wでは、3月にリリースしたCDセットの「HOSONO BOX」に沿って、自分のソロ・アルバムを素材にクロニクルを展開しているのは御存知の方も多いだろう。中学生の頃の『Blue Monk』から始まり、『はっぴいえんど』『ティンパン・アレー』を経て、とうとう『トロピカル三部作』と呼ばれている所まで来てしまった。一旦始めてしまった以上放り出すわけにはいかないが、毎週の作業は気を抜けず、簡単ではない。このままYMOの時代に突入して行かざるを得ないのか、と思うと正直言って気が重い。『はらいそ』あたりで一旦休憩でもするかな。

 こうして5月7日放送の番組では『秦安洋行』に取り組んだわけだが、たまたまこのサイトのゲスト・ブックに書き込まれた歌詞問題を解決する絶好の機会となった。4月14日にゲストのしむーんさんが、この2曲の歌詞が何故載っていないのか、という問題提起があったのをきっかけに、なおみさんやスイカさんを始め、多くの人がレスポンスし、僕がバリ島に行っている間に次々と憶測が飛び交い、『歌詞問題』として盛り上がっていた事に興味を持たざるを得ず、解答する気になったのは僕としては珍しい事かもしれない。

 ではここで、初めて『聞き取り』をBBSに載せたヒロリンさんに先生が添削をしよう。先生も忘れていたんだが、『東京シャイネス・ボーイ』のモデルが鈴木慶一だという指摘には恐れ入った。何故そんなことを知っているんだ?しかし『愛も知らずに、もてずに、春come』とは慶一に失礼だな (笑) 。彼はもててるし、愛もいっぱい知ってる‥筈だ。次。きんさんの『ルーチュー・ガンボ』の解析は間違いが多いな。しかし無理も無い。日本の古語に近いウチナーグチ (沖縄言葉) は、近頃沖縄の若者達も話せないんだから。ところで言い出しっぺのくせに「聞き取りが苦手」と言ったしむーんさんが、たった2行だが言い当てたので、その論理的アプローチを少しだけ誉めておこう。utsubokazuraさんは自分のサイトで『東京‥』の解析を試みていたが、全然チャウ。でもその考え過ぎる程の熱意は買っておこう。僕がここで発表する事を知って、なぜかあせって自分の見解を出して来たポムポム・ジョーさんは、後にも書いたが肝心な箇所を聞き取ってくれたので、今回の殊勲賞だ。何も出ないよ。 他の人が嫉妬するから。他にもりんじーさんから『サヨナラ』の歌詞が、そしてきんさんはYMOの『マッド・ピエロ』の歌詞が謎だという指摘があったが、どちらもすっかり忘れてしまった。特に『サヨナラ(Japanese Farewell Song)』の『パイリン パイロン パイ ランダイ リン サヨナラ‥』なんていう歌詞は、引用をしたアール・グラント(Earl Grant)版が、そもそも摩訶不思議な中国語で歌っていて、ぼくは「なんていい加減な歌だろう」と思っていたほどだ。さて、こんな具合に僕に於ける歌詞は、『風来坊』という歌を引き合いに出すまでもなくいい加減なものであり、皆さんの心を煩わすほどのものではない。つまりこれからも『いい加減な』歌詞を作ることを許していただきたい、と思うのである。
2000.5.7 Haruomi Hosono



Tokio Shyness Boy (東京シャイネス・ボーイ)

顔を真っ赤に首まで染め抜き はにかむ*。
喋る言葉も吃 (ども) りがちに はにかむ。
それはまさに 生っ粋の東京シャイネス・ボーイ

宵越しの銭持たずに 臍 (ほぞ) 噛む*
火事と喧嘩に、花火に喜ぶ
実を言えば、オイラ東京シャイネス・ボーイ

暑い日射しに風邪ひき 鼻かむ
夏の盛りに心はしばしば かじかむ
何を隠そう あっしゃ 東京シャイネス・ボーイ

Words & Music by Haruomi Hosono ,1976

*はにかむ=恥じらう (Honey Comb=蜂蜜)
*ほぞかむ=臍を噛む=悔しい思いをする、後悔する (ほぞ=おへそ)

駐留軍の米兵が日本人のやたらに恥ずかしがる姿を見て、それをTokio Shynessと言っていた。シャイネスは名詞なので、その後に「ボーイ」と付けたのは文法的に間違い。僕のミス。しかし江戸っ子の英語の理解力なんてそんなものさ。なにしろ粗忽者なんだから。そのソコツでオッチョコチョイで照れ屋の江戸っ子像は自分でもあるが、自称火の玉ボーイの鈴木慶一だともいえる。照れると首まで真っ赤になる慶一が面白かったんだ。
この曲の構造はもちろん、ニューオリンズ・ピアノの創始者である"Professor Longhair"のスタイルを忠実に再現したつもりだ。ただしイントロのピアノ・フレーズは僕の発明である。歌い方が不明瞭なのも、プロフェッサーの歌い方に影響されたんだと思うが、25年も前のことだし記憶が曖昧だ。それに何故歌詞を載せなかったのかも忘れてしまった。さらにマズイことに、実は聞き取れなかった箇所があったのだ。BBSで『正式な歌詞を発表する!』なんて宣言した手前、何度も聞いたのだが‥。しかし書き込みの中で一人だけ、その最も不明瞭な部分を聞き取っていたのが『ポムポム・ジョー』さんだった。その箇所とは『暑い日射しに‥』のところである。いやはや助かったので感謝。その他の人達も良く聞き取っていることに驚きを感じている。迂闊な事はできないものだ。しかしこうして人々のプッシュがなかったら、おそらくずっと不明のままだったかもしれない。Thank you and thank you again.



Roochoo Gumbo (ルーチュー・ガンボ)

真南 (マフェ) ぬ風が運ぶ香り
得 (え) も言わず心を焦がす
ヤマトゥンチュは いちころさ
その真南風 (マハエ) にゃ勝てぬ

渡海 (とけ) ぬ調べ カチャーシに酔えば
ウチナンチュの意気も見えるよ
ヤマトゥンチュは いちころさ
その真南風 (マハエ) にゃ勝てぬ

聞かせて 島の歌
馨 (かぐわ) せて 島の香り

「ヤマトグチは喋 (ア) びらんど
吾が胸内 (ムニウチ) は知らなそてぃ」
ヤマトゥンチュは いちころさ
その真南風 (マハエ) にゃ勝てぬ

「真南 (マフェ) から吹ちゅる潮風 (ウスカジ) に
心 (ククル) 寄 (ユ) したる この (クヌ) 想い」
ヤマトゥンチュは いちころさ
その真南風 (マハエ) にゃ勝てぬ

聞かせて 島の歌
馨 (かぐわ) せて 島の香り

聞かせて 島の歌
馨 (かぐわ) せて 島の香り

Words & Music by Haruomi Hosono ,1976

Roochoo"は琉球の中国語を英語読みしたもの。"Gumbo"はニューオリンズのごった煮ケイジャン料理。転じてニューオリンズ・フォンク。"Fonk"というのは"Funk"のもとになったニューオリンズ独特の言い方。1972年に作られたDr.Johnのアルバムによって、『ガンボ』という言葉が有名になった。沖縄のチャンプルーもインドネシア経由のごッた煮で、『はいさいおじさん』を丸福レコードで録音した頃、喜納晶吉は奇しくもチャンプルーズという名を付けている。

"Roochoo Gumbo"はその"Gumbo"と"Champloo"の両方に敬意を顕わすものだ。音楽の基本的構造は、ほぼニューリンズのスタイルで、イントロに聞かれるピアノのフレーズと、沖縄音階のリズム・ギターから出来たものである。そして歌詞に於てはベタベタの沖縄讃歌となっており、自分がいかに沖縄音楽に衝撃を受けたかを表現している。この頃はまだ沖縄に行ったこともなく、理想化しているかもしれず、沖縄の人にはくすぐったいだろう。しかし歌詞は辞書を頼りに無理矢理ひねり出しているので、訳が分からない詞ともいえる。そのような遠慮からこの歌詞を載せなかったわけだ。とはいえ当時はこの曲を沖縄の人に聞いてもらうことなど、全く考えてはいなかった。それが最近になって照屋林賢から久保田麻琴と共にコラボレーションを持ち掛けられ、新たに沖縄の言葉で再録音したことは感無量だった。25年かかって、やっと自分のリスペクトが沖縄に通じた思いがする。 この音楽の魂も喜んでいるだろう。
posted by admin at 00:05 | quiet voice ~2005