1999年01月09日

"MILLENNIUM"

 さてと、誰と約束したのかよく覚えていないが、先週の続きを書いたので、読んでいただこうと思う。番組でも一月十一日に特集する"MILLENNIUM"についての補足のようなものだ。御存知のように来年の西暦2000年は、暦の上ではまだ20世紀だが、キリスト教の文化圏では正に千年期の終りであり、新たな千年期の始まりの年だ。この千年期をミレニアムといい、カトリックが認める伝承上では「終末」の後に再臨するキリストが「メシア〜救済者」として統治する「至福千年王国」のことだ。この王国に復活し救済される者は殉教した信者のみとされ、かつて二千年前も、殉教を熱望する過激な「千年王国運動」が流行したらしい。この終末思想を知れば知るほど、いかに我々日本人には縁が薄いかがわかる。

 このようにキリスト教に疎い日本も、西暦を採用した時から西洋の神話に、自動的に組み込まれたことになったのだ。今は1999年なのか、それとも平成11年なのか?どちらかを都合次第で使い分けるのも、日本人の柔軟性と居直ることもできるが、実は引き裂かれた文化に身を置いていることは確かだ。ノストラダムスの予言なんか、キリスト教神話的体系の末端に過ぎないのだが、いつの間にか刷り込まれているし、「恐怖の大王」だけが浮かびあがっている。

 だからこれはもうパラノイアなんだ。体系を組むことができないのがパラノイアだからね。時間と空間の何処に今の自分がいるのか、肉体と魂の両面で理解することが体系というものだ。それはアジアではマンダラとも言うよ。ユングがそこらへんをはっきりさせた人だったっけ。日本では加藤清という精神医学の長老が、そのことにプラスして「業の成就」という臨床的ひらめきを提示しているので、出版されたばかりの先生の対話集「この世とあの世の風通し」(春秋社)を読んでみてね。

ではこの続きはまた来週。

1999.1.9 Haruomi Hosono
posted by admin at 00:10 | quiet voice ~2005